bloody’s diary

☆血反吐を吐きつつ書くブログ☆

30日に死にかける

こんばんは!

お元気ですか?
私は年の瀬30日に生命の危機を感じる事態に陥りました。
というのも急にアレルギー症状がでて、酷い腹痛、下痢、全身に出る赤みとはれ、痒み(蕁麻疹?)。
 
夕方くらいから酷くなってきたので病院に行こうとしたのですが、その時はちょっと移動できない状態。
腹が痛くトイレに何度も駆け込まなきゃならないから機を抜けない。
 
とくに腹痛と下痢がひどく、血圧が下がっていたらしく、死ぬ気でトイレに駆け込んで、後はもう出すか出さないかの判断さえできなくて苦しく、もう無理だ殺してくれと思ったし、ウォシュレットのボタンを押して紙で尻をふき、水を流しパンツをあげるという行為さえ億劫というかもうしんどく、ちょうど生理中だったので、下半身からあらゆるものを垂れ流して倒れ込んで死ぬしかない、と絶望してました。
でもせめて尊厳を持って死ななければと必死の思いで下半身の始末をして、やっとパンツをあげ、トイレを出て床に倒れ込みました。
そのまましばらく休んでたら回復し、居間に戻り横になるのもしんどいのでうずくまり、波のように訪れる腹痛を、この大波を乗り越えれば少し休める!大丈夫、苦しみは永遠には続かない、ファイ!!と自分を励まし、陣痛もきっとこんな感じよ、乗り越えるのよ!と自らに言い聞かせてました。
本気で苦しかったので普通に呻いてまして、一緒にいた母もドン引いてたものの、腹痛が少し収まり、今しかない!これを逃したらマジで死ぬ!と母に頼んで病院に連れて行ってもらいました。
もう夜になってたので隣町の救急外来まで二十分ほど。
私はもう椅子に座る気力もなく後部座席にうずくまり、寒くもないのにガタガタ震えていて、あ、死ぬな私このまま死ぬ、まだ読んでない本いっぱいあるけど、どうかいい人の手元に旅だってくれるといいな、死ぬ時って意外とあっけないな、ああお母さん死体と一緒に家に帰るのね可哀想、と思っていたら病院に到着。
家を出た頃は本当に乗るだけしかできないから、降りて移動はできなさそうだから担架を呼んでくれと言っていたのですが移動中に少し回復。自分で歩いて受付まで行けました。
結局一番ひどかったのは下痢中に血圧が下がった時だったらしく、その後は体の震えと腫れは残っていたものの他はそこそこよくなっており、かゆみ止めを点滴しました。
で私は今までそれほどアレルギーが出たことはなかったので、何が原因か心当たりがなく、その日食べたものを振り返ってもちょうどお昼に回転寿司に行ったこともあり、候補はカオス、おやつに食べたリンゴか?とぐるぐる考えていたのですが。
 
そういえば一番最初に症状がでたのは手で、症状が一番ひどかったのも手だ!
しかもこの日は慣れない掃除で長い間ゴム手袋をしてた!
…いわゆるラテックスアレルギー?
かな?
とちょっと確証がもてないので、今度ちゃんと検査しに行かねばなりませんが、そうなったらゴム手袋使えなくなるのでかなりな痛手だなー辛い。
ポリエチレン手袋重ねてなら使えるのかな。。。