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bloody’s diary

☆血反吐を吐きつつ書くブログ☆

「マインドコントロールの恐怖」を読んで:メモ 2

続き

bloody.hatenablog.com

 

 

人間は誰しもマインドコントロールにかかる可能性があるということを、人はなかなか認めたがらない。

人間は理性的な存在であり、自分の行為や自由に責任を持つという哲学的な観念、また自分だけは弱くない、という思いこみを否定されたくないからだ。
 
しかし人間は全面的に理性的ではない。全面的に理性的というのは、肉体や感情を否定することだ。人は愛情や友情、人から認めてもらうことを必要としているし、肉体は人間活動に大きな影響を与える。
つまり、その感情や肉体的な状況をコントロールすることで精神には多大な影響を与えることができるということだ。
また、何かの被害者、カルトの犠牲者などを目にしたとき、人は往々にして「自分は彼らほど弱くない。だから被害には遭わない」と思いこもうとする。
自分が弱くないと信じることが何よりの弱点となる。カルトの勧誘者たちはここにつけ込む。
 
マインドコントロールとは、ある人の考え方、感じ方、行動の仕方に影響を及ぼす一連の手法であり、それ自体は善でも悪でもない。
禁煙のための催眠など、了解に基づく同意(インフォームドコンセント)に基づいて使う限りは有益でもある。
しかしその同意なしに誰かの信念体系を変革し、その人を自己以外のある権威ある人物に依存するようにしたら結果は破壊的なものになる。
 

カルトの基本的な勧誘の仕方

カルトの勧誘者たちは戦略的に勧誘を行う。
ねらわれるのは、引っ越しや人間関係の破綻、新しい生活を始めた学生、経済的な不安、愛する人を失った時など、人生の中でストレスを感じる傷つきやすい時期
勧誘者はターゲットの夢や希望、恐れや仕事、興味などすべての情報を引き出そうとする。
それに基づいて、ターゲットへの賞賛やお世辞、同じような興味と背景を持つメンバーの紹介、グループの実態についての意図的な嘘、質問への答えをはぐらかすような戦術などを用いて人間的な接触をはかる。
 
一般的に障害やアルコールや麻薬への依存症などの大きな問題を持つ人々をカルト勧誘者は避ける
彼らが求めているのは厳しいカルトの生活に耐えられる人々だ。世話をするのに時間や金、努力が必要になる人々は一般的には勧誘しない。
 
カルト集団での生活に入ると最初の数週間はまるで王家の人間のような楽しさを味わう。
やがて犠牲と苦痛の日々に代わる。自分のもてるもの全てを捧げ、カルトの新メンバーを勧誘すること、資金集めや宣伝計画の仕事をしなければならなくなる。
自分のすべてと引き替えに今後の生活の世話と生き甲斐を約束される。
この取引の結果、メンバーは衣食住など生活に必要な全てをカルトグループに頼らなければならなくなる。
 
ここで問題になるのが医療の放置と子どもへの虐待である。
 
カルト勧誘者は健康に問題のある者はターゲットにしないと上述したが、カルト集団で生活するうちに体調を崩し医療が必要になった人についても適切な処置はとらない。
健康上の問題は、自分の人格的・精神的な弱さなのだと説き、必要なのは悔い改めてもっと働くことだと言い聞かせる。
あるカルト集団はメンバーが医者にかかるのは不信仰だと教え、行くなら追放すると脅す。
治療に時間と経費が必要だと治るまではグループを離脱することを勧められ、家族の元に返され、家族がいないと見捨てられることもある。
両親が破壊的カルトに入った子どもたちの状況もそれに似る。
生命の危険どころかそのために死んだり障害の傷を負う子どもたちがいる。
子供たちは共同で育てられ、両親にはたまにしか会えないことも多い。
両親ではなくカルトのリーダー、あるいは集団に捧げるように教えられ、遊びの時間は制限されるかまったく認められない。
教育を受けるとしても劣悪なものである。
この世は敵意に満ちた悪の場所だと教えられ、現実を理解するにはカルトの教義に頼る他はなくなる。
 

破壊的カルトに対処するときにもっとも重要なのは、私たちみんなは弱いのだと認識することである。

認識した上で、カルトに対する完全な情報を手に入れること、そしてよき消費者であるとこと。

大きなグループに入ろうとしたり、普通でないストレスを受ける時期を通過している人々が、突然の人格的変化を起こさないかどうか家族や友人たちは注意し続ける必要がある。
医療の大原則である早期の発見と処置は破壊的カルトの問題にも当てはまる。