bloody’s diary

☆血反吐を吐きつつ書くブログ☆

学校が嫌い

学校が嫌いでした。
特に小学校。本当に訳が分からなかった。
私はASDで、ADHDです。

集団行動も人と長く一緒にいるのも苦手です。

音や光が過剰な場所も嫌いだし、長時間強制されてじっとしていると気が狂いそうになる。
退屈なこと、意味のないことはしたくない。
授業にしろ集会にしろ、つまらない話をきくのは嫌でした。
体の動かし方も下手で、他のちゃんとできる子の中で体育をすることも嫌いでした。
当時はやることに意味があるとは思えない挨拶もしたくなかったし、友達もいらなかった。

それらの嫌いだったり苦手だったりすることを強制してくるのが、私にとっての小学校でした。

私は好きなときに好きな所に行きたいし、喉が乾いたら時に水を飲みたい。
トイレにも自由に行きたい。
ずっと楽しい本を読んでいたい。
学校に行かず、雑音のない家でゆっくり勉強したい。

それらの全てのことを禁じるのが小学校でした。
私は当時自分が発達障害であることを知らなかったし、それはもちろん親や教師もそうでした。
そのため私は自分が他の子たちと多少なりとも変わってて、そのせいでいろいろしんどいことを自覚できてなかった。
本人がそうだから周りはもっとわからなかったでしょう。
だから今から考えると、度を超えて学校が辛く苦しかった。

幸い私にとって、学校はしんどかったですが、家庭や大好きな本を読める図書館はシェルターになってくれました。
親に願って飼ってもらった犬もいて、散歩がてら近所の公園に行き、川縁や森の中の東屋でぼーっとしてる時間も貴重でした。

それでも毎日朝から夕方まで机に縛り付けられ聞きたくもない話を聞かされ続けることは苦痛でしょうがなく、絶望したし、登校拒否したくなったし、死にたくもなりました。

中学、高校と学校が嫌いなことに変わりはなかったものの、友達ができたし自分も成長して嫌なことをやり過ごしたり諦めたりすることも覚えたので少し楽になりました。

大学に進学し、やっと私が求めていたものはこれだ!!と思いました。
好きな講義を好きなだけ選べる。(人数制限等はありますが)
受験テクニックなどではない、知的好奇心を高度に満たしてくれる学術的な話を聞ける。
講師によって違いましたが、居眠りや講義中に飲み物を飲むのも許されてました。
席も自由。出席するかどうかも選べる。
ここは天国か!と。
(必修科目などでは多少苦しみましたが、それでも小中高よりだいぶましでした)

残念だったのは、やっと思う存分学べる楽しさ、学校の醍醐味を知ることができたのに、精神的にも金銭的にも余裕が無くなり大学院に進むことができなかったこと。

それでも小学校に通ってる間、大きくなったらすべての学校を壊してやると鬱々と抱えてたあの恨みは大学に通うことによってやっと昇華されましたのでした。