bloody’s diary

☆血反吐を吐きつつ書くブログ☆

「湿地」「緑衣の女」読んだ

ミレニアムシリーズなどを含む北欧ミステリというくくりも最近ではよく聞くようになりました。

この小説は北欧の小国(国民全員が元をたどれば何らかの婚姻関係でつながってしまほど!)アイスランドを舞台に、エーレンデュルという刑事を主人公にしたシリーズです。

 

一作目は2012年に出版されていて、当時色んな書評で取り上げられ話題にもなり、その流れで私も読んでいたのですが、非常に陰惨で暗鬱な話で読んだ後は気が滅入り、続編が出たとの情報にも、精神状態が悪かったことも多分に影響したのもあり、興味をそそられませんでした。

 

ですが、先日図書館で続編の「緑衣の女」を見かけ思い立って読んでみたら引きつけられました。

緑衣の女

緑衣の女

 

 この「緑衣の女」は数十年前に起こった悲惨な家庭内暴力の思い出と、現代のいくつかの事件を行きつ戻りつして語られる物語です。

とにかくこの家庭内暴力が執拗で常軌を逸していて、読んでいると気分が悪くなり何度も読むのをやめようかと思ったほどでした。

中程まで読んだ時、あまりの描写の陰惨さに腹が立ってきて、作者がどんな意図でこの小説を書いたのかとあとがきを先に読んでしまいました。

そこには私の求める答えがあったんですね。

 

この本の訳者が作者のアーナルデュル・インドリダソンに女性に対する暴力の描写のリアルさを問うた時に作者はこう答えたそうです。

「私は暴力を憎む。人間のなす行為の中でもっとも忌まわしいものだと思う。中でもドメスティックバイオレンスは卑劣で、絶対あってはならない重い犯罪です。夫や恋人、父親や兄弟による暴力の犠牲になった女性に、犯罪を告発するためとはいえ、警察や弁護士がその詳細を話させようとするのは残酷なことです。忌まわしい暴力を受けた女性に追い討ちをかけることになってしまうから。作家は犠牲者の女性たちに代わって、知り得た真実を書き切らなければならない。妥協せず、言葉を濁したり置き換えたりせず、書き切るのです。どれほど残酷なことかを描いて、けっしてしてはならないと訴えるのです。二十年前にはアイスランドでも女性に対する暴力は隠され、ないことにされていました。しかし、実際に存在する問題を隠してはならないのです。真実を明るみに出すこと。それは作家の使命です。いまではアイスランドではシェルターや自治体の援助、マスメディアの報道など、ドメスティック・バイオレンスに社会全体が取り組むようになっています」

私はこの言葉に、特に太字にした部分に感銘を受けました。

小説や映画、ドラマのようなエンタメ作品は現実から影響を受けます。

そしてエンタメ作品も現実に影響を与えます。

それをしっかりと自覚し、そのエンタメの力でもって現実に訴えかけよう、変えていこうという小説家としての強い決意と自負に心打たれました。

 

日本では表現規制の問題にからんでか、二次元作品が現実に影響なんて与えるはずがないと強行に主張する創作者が存在します。

そのような姿勢は、ある意味ではすべての創作者の力量を過小評価してるし、フィクション作品をある意味馬鹿にしているのではないでしょうか。

創作を世に放つ創作者には現実に対してそれなりの責任があります。

私はそれから逃げずに引受け、現実に立ち向かおうとする創作者が大好きですし、尊敬しています。

なので本棚から「湿地」を引っ張りだして再読しました。

ここには作者へのインタビューがのっていたので、上述したものと重なる部分もありますが、引用します。

――性暴力の描写がリアルで、激しい。女性に対する暴力をなぜこれほど克明に書くのですか。

「性暴力は魂の殺人です。性暴力を受けた女性は体を陵辱され、魂を殺されるのです。その体験をした女性に、どんな暴力を受けたのか説明せよと要求するのは残酷すぎる。私は女性に対する暴力の正体を男たちに知らせたい。これほどのことなのだということを、自分が感じるままに伝えたい。犠牲者が恐怖と恥ずかしさから言えないために、性暴力がなかったことにされてしまうことは終わりにしなければならない。アイスランドでも長い間性暴力は公にされないできた。だが、隠していてはならないのです。このくらいでいいかと表現を妥協してはいけない。表現をはしょったり、軽い暴力のように書くことも許されない。全部書き切るのです」

――苦しい作業ではありませんか。

「きつい苦しい作業です。苦しくて、机から離れ、長い散歩に出かけることもある。そうすると距離ができ、全体の流れの中の、必要な一こまと思えるからです。しかし、DVや性暴力の犠牲になった女性たちの苦しみを思えば、作家はどうしても書かねばなりません」

湿地 (創元推理文庫)

湿地 (創元推理文庫)

 

 

私が「湿地」を読んだ時に感じたのは、外国の暴力はなんてひどいんだろうという嫌悪感でした。

しかし再読して感じたのは、どの国でも女性や子どもへの暴力というのは似たような構造で起こっているということでした。

作者も書いている通り、このような事件や暴力は公になりにくい。

世間的には長い間隠されてなかったことにされてきました。

日本は女性への暴力、家庭内暴力は少ないわけではないし、発生しにくいわけでもない。

それどころか、日本では殺人の半数以上が親族間であるとされています。

家族同士の殺し合いが増加 昨年の殺人事件は親族間が53.5%│NEWSポストセブン

 

こういう状況を踏まえ、ずっと社会が抱えてきた暴力の問題をエンタメとして世に放つ、しかもそのような問題意識を持っていて深く憂慮し、心を寄せて作品にするのが男性であること、(故人ですがミレニアムシリーズのスティーグ・ラーソンも男性でした)それは男女平等の進んだ北欧であることと無関係ではないでしょう。

 

海外ミステリ、しかもなかなか馴染みのないアイスランドを舞台にしており、最初は人名など馴れるのに時間がかかると思いますが、読み進めていくと男女の描写や上下関係のフラットさがとても心地いいです。