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bloody’s diary

☆血反吐を吐きつつ書くブログ☆

映画「マッドマックス 怒りのデスロード」見てきたよーーーー!!!!! 6

マッドマックス 映画

The cult of the War Boys

Miller based them on Japanese kamikaze pilots of World War II — the bald kids even refer to themselves as "kami-crazy."

www.usatoday.com

上記はマッドマックスのエッセンスを解説したサイトで、ウォーボーイズは第二次世界大戦次の日本の神風特攻をモチーフとしていると書かれています。

とするとそこに君臨するジョーは…。

カルト的な信仰に陶酔し、命を捨てることにこそ価値があると戦いに熱狂するウォーボーイズの姿はいろいろなものを想起させます。

 

今まで何を5個分何を書いてきたんだと自分でも不思議ですが、今日はマッドマックスの男性陣について少し書こうと思います。

www.madmaxmovie.com

(ネタバレおそらくあるよ!!)

 

 

まずはマックス。

彼はジョーによる子産み女たちへの追撃が始まってからニュークスの輸血袋として車のフロントにくくりつけられる。

 Twitterで他の方が行っていたのですが、その時の姿は十字架にくくりつけられたキリストを思わせます。

また、彼は砦で血を搾取される時と、復路でのジョー軍団との戦いの最中に逆さ吊りにされる。

これはタロットなどで描かれる吊るされた男、すなわちユダのイメージなのかなと私は思いました。

救世主と破滅をもたらす者、相反するイメージがマックスの中で同居している。

 

またニュークスはつづりはnuxでラテン語では「木の実」を意味するそうです。

これも他の方が「ニュークスの名前が『木の実』なことと、彼が木を発見したことは何かあるのかな」とツイートされてて、以下、連想ゲームみたいにぱぱっと思いついたことです。

 

「木の実」は文字通り、木の実りであり、この映画の中でも象徴的に扱われていた「種」でもあります。

木から離れることに寄って一度死に、大地に植えられ芽を出すことで再生する。

まさしく I live, I die,I live again!!

 

彼が木を見つけた一連のシークエンスは、逃走が始まり、想定外の招かれざる客としてマックスが合流し、更に敵方であるニュークスも加わって始めて全員が力を合わせて一つのことを成し遂げます。

沼地にはまったウォーリグをぬかるみから脱出させるために、それまで隠れていたニュークスが現れて「あのでっぱりを使おう」と持ちかけるとすかさず彼を仲間に引き入れたケイパブルが「彼は木のことを言っている」とフォローする。

そしてロープとチェーンでウォーリグを木につなぎ、最終的には木を倒して窮地から脱する。

病み衰えすでにそこに佇んでいるだけだった木は、木の実を育んだ親にあたる。

となると木の実たるニュークスが発見し、ウォーリグを前進させる手段として倒したのは、彼の養親であるイモータンジョーとジョーが統治するシタデルのシステムであると言えるのではないか。

その木は倒されることによって、マックスたちを前進させ最後の役目を終える。

本来木に属するニュークスもまた木と運命を共にする。

またジョー軍団は北欧神話をモチーフとしていて、その世界はユグドラシルという世界樹、大きな木であるとされています。

 

 

この映画では私にもわかるほど反復が効果的に使われています。

彼が自分ならウォーリグに潜り込んで子産み女たちを奪還できるとジョーに志願し、ジョーの銃を下賜され、リクタスの助けを借りて意気揚々とウォーリグに飛び移るものの、直後に彼とマックスを結びつけていたチェーンが絡まってこけ、ジョーの銃も落としてしまう。

ジョーはそれを見て失望して彼を見放す。

これはジョーを崇拝し、勇ましく死んで彼に自分の魂を英雄の館へ運んでもらうことを最大の望みとしていたニュークスにとっては絶望的な状況です。

しかし、ジョーに見放されたことでよりいっそうニュークスとウォーリグは強く結びつく。

結びつくというよりは彼はウォーリグに縛り付けられ、もはや運命は分かちがたくなる。

彼は木の実として、種としてウォーリグに植え付けられる。

 

その前段階、彼がフュリオサを殺して子産み女たちを連れ戻そうと座席にやってきた時、刃物で彼を刺し殺そうとしたフュリオサを妊婦、すなわち死の種を腹に宿したスプレンディドに止められる。

ウォーボーイはほっといてもすぐ死ぬからと腕をしばっただけでトラックから突き落とす。

スプレンディドは荒野にニュークスという種を植え、その収穫は残されたフュリオサたちに大いなる助力になり恵みをもたらす。

ジョーが象徴する家父長制が育んだ、フュリオサたちに力を貸すニュークス。

忌むべき体制の中にも希望は見いだせると解釈することもできる。

 

またケイパブルに教えられて始めて、「あのでっぱり」が「木」であると知ること。

ケイパブルはあれが木であり、通常の環境であれば緑の葉を讃え木の実をつけ恵みをもたらす植物であると知っているけど、ニュークスにとっては車を支点として使えるでっぱりでしかない。

同じものを見ているのに違うように認識することでもありつつ、ニュークスがどんな環境にいたかどれだけ搾取され非人間的に扱われてきたかをケイパブルやマックスたちと関わりあうことでニュークスは学んだのではないでしょうか。

 

またこの木が倒れたのは、マックスたちが木を倒そうとしたからではない。

あくまでトラックをぬかるみから出すための手段として使った。

これはこの映画とフェミニズムの関係でもあるし、彼らの自由と尊厳ある生と家父長制の関係の暗喩とも考えられる。

フェミニズムはこの映画を成立ために必要だったし、フュリオサたちが人として自由と尊厳を持って生きるにはジョーを倒しシタデルを開放することが必要だった。

目的ではなく手段ということ。

 

そしてシタデルにはニュークスのような木の実たち、ウォーパプスと呼ばれる子どもたちがたくさん残っている。

彼らもきちんと育てることができれば、うまく芽吹いてくれればニュークスのように例え体制に取り込まれていても、そこから抜けだしてフュリオサたちの希望となるかもしれない。

それは彼女たちが砦に帰る理由の一つであってほしいと思いました。