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bloody’s diary

☆血反吐を吐きつつ書くブログ☆

小説「チャイルド44」読んだよ!!!

マッドマックスつながりで主演がトム・ハーディーの映画「チャイルド44」の原作です。

1978年から1990年にかけて実際にソ連で起こった連続殺人事件をモチーフにしていますが舞台は1950年代に移してあり、殺人事件よりもそれを追う捜査官により大きく主眼が置かれています。

チャイルド44 上巻 (新潮文庫)

チャイルド44 上巻 (新潮文庫)

 

 映画は主人公、エリート国家保安捜査官レオをトム・ハーディー、その妻ライーサをスウェーデン製作のミレニアムシリーズで主役のリスベットを演じたノオミ・ラパス、主人公の上司をヴァンサン・カッセル、降格して左遷された先の上司で協力して捜査に当たる上司ネステロフをゲイリー・オールドマン、主人公に異常な執着と憎悪を向ける部下ワシーリーに「ロボコップ」のジョエル・キナマンという豪華な配役です。

映画も見れるのならば見に行きたいのですが、今のところ上映劇場が限られているので難しく、それならばと原作本を読んでみました!!

これが本当に面白かった!!

何よりスカしたエリートだった主人公が話が進むうちにボロボロのぐっちゃぐちゃになっていくので、想像の中でトムハを当てはめて興奮して楽しく読めました☆

(ネタバレ多少あり)

 

 

 

私が興味深かったのは主人公と妻との関係です。

主人公は登場時は軍の特殊部隊出身、戦争の英雄で現在はエリート国家保安捜査官として権力を握っている立場であり、冒頭彼は息子を殺されたという部下の訴えを却下する。

なぜなら殺人も窃盗もレイプも堕落した資本主義社会の病気であり、犯罪の原因たる貧困と欠乏を克服した社会主義国家のソ連では「起こってはいけない」事件だからです。

だからそれを認めてしまうことは、国家に対する反逆であると彼は被害者遺族を黙らせるために派遣され、忠実な役人として悲しむ人々を前に無慈悲にその勤めを果たす。

その後無実の男性を、命令に忠実にスパイとして逮捕するのですが、その男からの証言で彼女の妻の名前が挙がる。

彼は妻に対して疑心暗鬼になるものの、結局彼女の無実を訴え、それまでの職を解かれ、実質懲罰人事であるモスクワを遠く離れた辺境の街の民警の任務を受ける。

その移動の際に、国家に盲従してきたレオは権力も何もかもと引き替えにして守った妻への愛を問うのですが、妻は冷たく今までの結婚生活は幻想だったと返す。

彼がロマンチックな思い出としてみんなに話す、妻ライーサと初めて合った時彼女は「レナ」と名乗っていたのも、ただ怖かっただけだと。

結婚を承諾したのも、国家保安捜査官の機嫌を損ねたら逮捕され収容所に送られるかもしれないから仕方なくであるし、食事の際に夫が立てる音も彼の体臭も嫌いだった。

でも生きるためにはみんなが耐えていることだ、我慢しなければならない。それに夫は酒を飲んで暴力をふるうことはない、その点は自分は運がいいと言い聞かせていた。

あなたの望むふるまいをし、あなたの望む従順で協力的な妻を演じていたのは怖かったから、恐怖の上に築いていた関係でありそこに愛なんてなかった。

レオは国家にも結婚にも幻想を抱いていて、国家から与えられた権力を無慈悲に取り上げられることに寄って、それが粉々に打ち砕かれる。

 

私はこの直前に「ゴーンガール」の原作本も読んでいたので、結婚生活における夫婦のすれ違いが似てることに虚を突かれました。共通点がある。

権威主義者である夫は幻想の「いい女」像を抱き、妻にそれを重ねあわせて疑いもしない。妻はそれを察して夫の望むがままの「素晴らしい女性」を演じる。それは生きていくためであり、処世術です。

もちろん1950年代のソ連と2000年に入ってからのアメリカでは環境が全く違うし、両方の物語もキャラクターも異なるのですが、結婚観や男性が女性に抱く幻想についてはそう隔たってなくて、(そもそも両方小説ですが)興味深かったです。

ゴーン・ガール 上 (小学館文庫)

ゴーン・ガール 上 (小学館文庫)

 

 打ちひしがれ無力感に虚脱してる夫に妻は「あなたは自分で煽る恐怖の世界に守られていたから、今みたいに人が真実を語るのに慣れてないでしょうね。二人で暮らしていくのなら、私もあなたに真実を言う。耳に心地いい嘘はもうつかない。今までの生活では一度だってなかったけれど、これから私達二人は平等」と告げる。

仕事の面で降格され、今までのようなよい暮らしができなくなり、人々から恐れられていた権力も剥奪された夫を見て対して妻は心のなかで思う。

あなたが今感じているのは私が毎日感じてきたことだ。

無力感、恐怖――彼女は彼にも自分と同じものをただ感じ取ってほしかった。わかってほしかったのだ。自分も体験することで。

 ここでやっと妻と夫は同じ目線で対等な立場に立つものの、それは夫のプライドが許すものではなく彼は爆発し、衝動的に妻の首に手をかけて殺そうとしてしまう。

自分がすべてを投げ打ち守った女性は、彼に愛を抱いてはなく、落ち込んだ彼を優しく労ることもなく冷酷に真実を告げたから。

彼女は彼を我慢出来ていた唯一の砦、彼が彼女に暴力を振るわないことが崩れたと言って彼の元から立ち去ろうとする。

レオは妻を追い、疑惑に思っていた事件、モスクワで起こった子どもの事故と赴任先で起こった猟奇殺人との共通点を妻に打ち明ける。

やがて二人はロシア全土を股にかけておぞましい殺人を重ねている犯人を探し、犯行をやめさせることを目的として関係を続けていくことを選択し、その過程でパートナーとしての絆を新しく築いていきます。

 

ふと考えたのは、結婚に対してライーサが抱いた諦め、私は婚活していた時に同じように感じていました。

これは1950年代のソ連を舞台にした小説ですが、同じような思いを抱いて暮らしている女性は現代日本でも少なくないでしょう。

一回でも夫の機嫌を損ねれば殺されるかもしれないという恐怖の上に暮らしている女性たち。

toyokeizai.net

(この記事を書いている途中に、男が自分の家に放火し子ども4人を焼死させる事件が起こりました)

 

犯人の捜索の過程で、障害者や同性愛者など「正しい社会」において切り捨てられるような人々に疑惑の目が向けられ逮捕されていくのが本当に他人事と思えなくて肝が冷えました。

強権的な社会では、権力は恣意的に運用されるんだなあと。

 

殺人事件についてはかなりの脚色がしてあり、実際の事件とは印象を異にするのですが、当時の暗い世相や、一人の男の挫折と再生、夫婦の物語としてとてもエキサイティングでした。