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bloody’s diary

☆血反吐を吐きつつ書くブログ☆

映画「海にかかる霧」を見てきましたー!!!

 極私的キム・ユンソク祭りもクライマックス!!!

やっとこさ「海にかかる霧」を劇場で見てきましたーーーー!!!

www.umikiri-movie.com

 スクリーンでキム・ユンソクを見るこの日に合わせて、ずっと彼の出演作を見続けるという人為的なストックホルム症候群的状況を作り出していたため、鑑賞した時点での私の彼への思い入れは頂点に達していて、「きゃーユン様~♡」なテンションの高さでしてね!

 

まず劇場に置いてあったチラシを見て胸がいっぱいになり、劇場グッズにはしゃいで購入し。

ステッカーです。私のお目当ての船長は黄線のなかにしかいません。

パンフレットはせっかくだしと豪華版を買ったのですが、

 ↑によると、豪華版には映画評がなかったそうでしくったなと。

というか初めて行く劇場で、こんなにグッズが充実しているとは思っていなかったので事前チェックができてなかったのが悔やまれます。

集合写真の方のクリアファイル欲しかったな。。。使わないけど。

 

さて本編。

グッズを買えたテンションの高さのまま、ユン様が画面に出てくるだけでにこにこできたし、刃物持った時なんて掛け声かけたくなったくらいで!

やばいやばい、私大衆演劇見に来てるんじゃないんだからおとなしく見ないと、と自戒しました。

内容的にはそんな風に楽しんで見る映画ではないのに、「そうそうこれがスクリーンで見たかったの!!」としみじみ感動してたし、見終わった後もものすごい満足感で胸が一杯だったので、やっぱりちょっとおかしくなってたんだと思います。

ちなみに一緒に見に行った母は、あまりの凄惨な内容に「こんな映画は見るもんじゃないわよ」と青ざめていました。

(若干というか頑張ればネタバレになるようなところがあります)


『海にかかる霧』予告編 - YouTube

 

 

 

私は「チェイサー」も「哀しき獣」も「ファイ 悪魔に育てられた少年」も物語の緊張感と容赦無さにダメージを受けオナカイタイと思いながら見ましたし、見終わった後は沈んでいたくらいなのですが、今回はユン様(以下めんどいのでこれで通します)に肩入れして彼のアイドル映画として見ることができたので気楽でした!!

展開も過酷なんだけど、今までけっこう韓国映画を見て、最初は打ちのめされていたその容赦の無さにだいぶ慣れたというのも大きい。

パク・ユチョン in 海にかかる霧 航海日誌 Part.I〈公式メイキングDVD〉(初回限定生産)

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今回見て思い出したのは「ノア 約束の舟」です。

共通項は暴走する家父長制の家長。

 似たストーリーだったのが同じくキム・ユンソク主演の「ファイ 悪魔に育てられた少年」でした。

 

もっといえば ファッキン家父長制 さっさと滅びろ!!! 

です。

男だけの集団はろくなことにならねえ!!!、も。

 

だって映画からどんなことを読み取るかは見た人の自由だもんね!!

もちろん正しい解釈があるとしたら、私のはそれとは違うのでしょうけど、それでも私はそう感じたのだから仕方ない!

 

とはいえ制作・脚本ポン・ジュノですからね!?

殺人の追憶」では旧弊的な警察と立ち遅れた国の科学技術を浮き彫りにし、「グエムル」では古い時代の家父長制の家長である父親を悲しさとそれでも残る威厳を持って退場させ、残った兄弟たちが力を合わせることで困難に打ち勝つ姿を描き、「母なる証明」では母性にしばられる女性の愚かさや醜さを突きつけてきた監督ですから。

少なくとも私の中では!

 

 

というわけで、私が憎しみさえ抱いている制度、家父長制の父親キム・ユンソクが演じるのが船長カン・チョルジュ。

かつては腕の良い漁師だったが、不況と船の老化、自身の加齢による衰えで以前ほどの威勢はありません。

それでも彼は船を守ろうとする。

彼の陸上での家庭は破綻しているも同然ですが、船の上では彼を尊敬している船員がおり、尊敬してはいなくても命令に従って動く船員たちがいるから。

おそらく彼は陸上にいるより船で船長として君臨していた方が居心地がよかったから、執念のように船と船員たちを守ろうとする。

船は彼のプライドでありアイデンティティの一部であるから。

それを支えるのは長年この船で稼いで家族や船員の生活を支えてきたという自負でしょう。

 

で「ノア」の方で彼を支えるのは信仰です。

カン船長と違うのは一緒に船に乗り込むのが擬似家族ではなく、本物の家族であること。

家長とパートナーである妻がいます。

厳密にはもちろん対等ではないですが、妻がいて彼女が息子と義理の娘側につくことで決定的な罪をノアは犯さずにすむ。

 

「海霧」ではトップにいたのはカン船長一人。

彼は船では一段高い操縦室にいて、一人で大漁を神に祈る祭祀をし、天候を読み無線を聞き、座標を調べ船を操縦して船員たちに指示をだす。

また彼一人が自分のものとして船を背負い、借金を背負い、貸付金の交渉をし、密航の手伝いをする決定をする。

非常に孤独に描かれています。

船員たちは船の上で船長の決定をきかされた後船員室で「船長は俺達に相談もなく一人で決めた」と文句を言うのですが、それに対する船長の答えは別の場面で出てくる「船の上では俺が大統領で父親だ。お前らの命が俺が握っていることを忘れるな」です。

 

家父長制では家族の生殺与奪権をもっているのは家長です。

一人で背負いきれない非常に重い責任です。 

ただそれは一人で背負う必要はないものです。

たった一人に責任を追わせるのはリスクが高い。

家長に何かあった時、家族は露頭に迷う。

家族がいるのだから分担すればいい。リスクは分散すればいい。

でもしない。そうすることで家長には利益があるから。

ただその利益は一人で家族を背負い込む重圧に比べて妥当かどうか。

勝手に背負い込んで勝手に悲壮になられて大変がられて、家族はそれに振り回されてをずっと繰り返してきたのではないでしょうか。

 

「ノア」「ファイ」「海霧」ともに、全盛期に比べれば衰えはしてもまだ頂点にいる家長の父親がいて、その父親と対決する息子(的存在)がいます。

孤高の父親たちは、自分の衰えを実感し息子の成長を感じながらも自分の権勢を手放せず、すべてを一人で背負い支配しようとする。

成長しつつある息子たちは父親の世代とは考え方も違うから、立場を異にする。

息子は父親の支配から逃れようと葛藤し、対決する。

その際に必要なのが母やパートナーとなる女性の助力で、彼女らを守るという建前ではありますが、実質的には助けられて勝利をつかむ。

 

劇中で、朝鮮族の女性ホイメに対して船長は「お前は何だ?魔女か?」と怒鳴りつけていました。

彼女を生かしてかくまい、彼女のためにおかしくなって勝手に争いだしたのは男たちなのに、男たちは船員で家族だから船長は責めない。

全ての罪を女におしつけ断罪し、殺そうとする。

 

ちなみに私は残酷な言動をする船長よりも自分の命が危うくなっても「女!女とやらせろ!」と絶叫するチャンウクの方が怖かった。

ああいう人が罰も受けず生きていける、集団になじみ仕事面で評価が高ければ重宝されるのがホモソーシャル家父長制の嫌なところです。

 

 家父長制のただ中にいる父親にとって、女性は手段でしかない。

物事を円滑にすすめるため、イエを維持していくための道具です。

思うままあやつるための道具に意志は必要ありません。

ですがイエは女性がいないと維持できない。

上述した映画3つとも、女性を守り、その意志を尊重し、その力を借りることによって息子は父を打ち負かしていきます。

並べてみると神話的な話のように思えて興味深かった。

 

現在滅びつつある家父長制を多少の愛惜と敬意を込めてこれらの映画は見送っているのかなあと思いました。

私は家父長制への憎悪を改めて掻き立てられましたけども。

私だけじゃない、こういう体制のもとに生まれた女性たちはずっとずっと虐げられて苦しい思いをしてきた人も多いですから。

ああやって父を倒した息子は、長じて父のようになり家族を抑圧するかもしれない。

それも怖いことです。

何度も繰り返しいろんな作品で描かれている息子による父殺しが、娘、女性の手に委ねられる時が新たな幕開けになるのかな?もうなってるのかな?

私がもうちょっとメンタル強く知力が高く学術的な話も織り交ぜたらもっと面白くなりそうなところなのですが、今の私にはそんな力はないので私怨も混じってまとまらず長くなりましたが!!筆を置きます。

 

意外と長くなったキム・ユンソク祭りはこれでひとまず終わり。

あとはだらだらと後夜祭を続けます。

血中キム・ユンソク濃度が高すぎて生活に支障が出ているので、他の映画を見ながら少しずつデトックスしていく予定です。

 

追記:

大事なことを忘れてました!!!

映画の上映前に流れる日本の観客へのメッセージ、ユン様本編より丸々としてにこにこしてて鬼可愛かったです。