bloody’s diary

☆血反吐を吐きつつ書くブログ☆

発達障害啓発週間に寄せて4

www.worldautismawarenessday.jp

4月8日最終日です。

引き続き自分の発達障害について振り返ります。

 

私は異常なほどストレスを感じやすい子どもでした。

今でも覚えているのは、高校受験をした日のことです。

テストが終わり、家に帰って私がまず真っ先にしたことは「試験に落ちた。多分浪人する。どうすればいい?死にたい」とまるでこの世の終わりのように嘆くことでした。

私は中学時代も成績がよかったですし、受験した高校も無理なく合格できるはずでした。

教師も親も何の心配もしていませんでした。

でも私は落ちたと思いました。

私が勉強ができる程度にはみんなもできるはずだから、2~3個わからない問題があった私は不合格になるに違いないとパニックになりました。

親はあまりにも思いつめた私の様子に狼狽し、挙句には叱り飛ばしました。

 

結局私は高校に合格していて、しかも教師から褒められるほどの高得点をとっていました。

それでも、私より成績が悪い人がそんなにいるということが信じられませんでした。

 

もう一つ高校に入学してからのエピソードが有ります。

入学式で教科書をもらい、真新しいかばんに入れて家に帰ろうとした時私は愕然としました。

カバンが非常に重たいのです。

それまで中学校で使っていたような肩掛けバックではなく、手持ちの革製のバッグです。

教科書を入れると、片手では持てないくらいの重さでした。

今から考えると相当受験のストレスが溜まっていたのだと思いますが、私はそこでパニックになりました。

こんな重いかばんを毎日手にして学校に通うことはできない、と。

まるで世界が終わったかのような絶望感を感じ家に帰り母親に「高校には通えない」と泣きつきました。

母は私の気持は分からなかったと思います。

みっともないから泣くなと怒り、その後家に帰ってきた父に笑い話として話していました。

その後、カバンに入れるのは必要な教科書だけでいいということが判明してやっと普通に通うことができました。

私が鞄が重いと泣いていたのを心配した弟がしばらく鞄を持って帰ってくれたことも大きいです。

 

今から考えればどちらも笑い話なのですが、当時の私には本当に深刻な危機的な状況だったし、それを理解されることなく怒りを向けられてひどく傷つきました。

 

振り返ってみると、困ったこと、不安なこと、辛いことはたくさんありました。

でも発達障害について無知だったし、自分は普通だから周りのみんなも同じように感じて生きているから自分で何とかしないとと思い込んでました。

なので、診断が下ってから最初に「アスパーガール」という本を読んでいたら号泣してしまいました。

アスパーガール: アスペルガーの女性に力を

アスパーガール: アスペルガーの女性に力を

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 子ども時代の私はこの障害について無知だったために、辛いことやしんどいことを認めて自覚することさえできませんでした。

みんなそうだから、そうやって感じること自体が自分が劣ってるせいだと思って怖かったのです。

今やっと診断を受けて、治療をしながら自分を納得させている最中です。

 

発達障害を紹介する時は、何ができないか、何がわからないかががたくさん羅列されていると思います。

愛情を感じにくいとか想像力、共感力に乏しい等です。

これは私個人の考えに過ぎないのですが、それは「できない」のではなく「定型の人とは文法が違う」だけだと思います。

発達障害者はそういう情緒的なものを、定型の人にわかりやすい形で表現できないだけではないのでしょうか。

お正月に食べる雑煮やもちの形が地域、ざっくり考えると国によっても違うように、様々な形で存在しているのだと思います。

 

まとまらないし書ききれないこともたくさんありますが、ひとまずは終わります。