bloody’s diary

☆血反吐を吐きつつ書くブログ☆

映画「グエムル 漢江の怪物」見たよーーーー!!!

2005年に韓国で公開され、爆発的な大ヒットを記録し、その興行成績は去年まで破られなかったという二つの意味での化け物映画です。

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私はあまり歴史は得意科目ではなかったですが、「漢江の奇跡」というフレーズは「エジプトはナイルのたまもの」と似たような感じで覚えています。

朝鮮戦争で壊滅的な打撃を受けた韓国の復興と経済的躍進を象徴するのが、北朝鮮に端を発しソウルを横切り黄海に流れ込む、漢江です。

その漢江へ米軍基地から化学物質が許可無く廃棄され、そのせいで突然変異した怪物が現れ人々を襲います。

その怪物に女子中学生をさらわれた一家が、彼女を取り戻すために奮闘します。

グエムル-漢江の怪物- スタンダード・エディション [DVD]

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 (多少のネタバレがあります)

 

 

この映画の監督はポン・ジュノ。

同じく主演にソン・ガンホを据えた「殺人の追憶」でもヒットを飛ばしています。

私は「殺人の追憶」はなんとなく見てしまったのですが、実は「グエムル」と同じくアメリカと当局を批判した映画だったそうで、その色はグエムルでははっきりと分かるようになっています。

 

 韓国は国策として映画制作に力を入れているため映画監督の社会的地位は高く、その分作品を通じて政治的社会的な矛盾を描き出し問いを立て答え、また観客もそう望んでいる傾向が強いそうです。

 (そのためパク・チャヌクは映画監督になるタイミングを「いい作品が来るまで待つのがいいか、それともクオリティはともかく映画を撮ったほうがいいか」先輩に聞いたところ「なんでもいいからとりあえず撮れ。監督の実績があるのとないのとではその後の扱いが全く変わってくるから」とアドバイスされたそうな)

 

ということで、日本の「ゴジラ」が核問題に題材を取った映画であるように「グエムル」で描かれる怪物は「躍進的な国家の成長の影で生まれた社会的なゆがみや見捨てられたもの」の象徴のようです。

 

その怪物によって漢江のほとりで小さな土産物屋を営んでいた家族は分断され、傷ついて離れ離れになります。

怪物に攫われた中学生の少女ヒョンソはなんとか生き延び、おなじく巣に連れて来られた自分より小さな子どもを守る。

残された家族は祖父を中心に、家族にまで頭が悪いと馬鹿にされていた金髪の父親ガンドゥ、学生運動にのめり込み過ぎて就職できなかった無職のガンドゥの弟ナミル、アーチェリーの銅メダリストであるガンドゥの妹ナムジュが、事態の収集にあたる当局と米軍に邪魔され対立し、監視の目をかいくぐってヒョンソを取り戻そうとする過程が描かれます。

比重は怪物との対決より、そういう権力との対立のほうが大きい。

 

私が好きなのは、ヒョンソがどこにいるかを知るためにナミルが携帯電話会社に就職した先輩を頼って会社に侵入するシーン。

その先輩はガンドゥ一家にかけられた懸賞金を目当てに、警察に連絡をとっていてナミルは罠に落ちた格好になるのですが、先輩は警察に「あいつは逃げるのが上手いから」と忠告する。

ナミルも途中で罠にはめられたことに気づいて、電気系統にショートを起こして警察の追手をなんとか逃れる。

逃げている最中にナミルは自分を陥れた先輩と目が合うんだけど、先輩は「がんばれよ!」とでも言うようにナミルに向かって腕を挙げてみせる。

それを見るナミルの形容しがたい表情が、白と黒には二分できない世の中を端的に表しているようで心に残りました。

 

離れ離れになっていた家族が終盤でやっと集まってきて、怪物と戦います。

学生運動家だった弟は火炎瓶を作り、メダリストの妹はアーチェリーで怪物を攻撃する。でもこれは単体での攻撃だと効果がない。

事態を隠蔽しようとした当局と米軍が散布した薬物があり、その薬物に寄って自らもダメージを負いつつも残された兄弟3人が力を合わせてやっと怪物に致命傷を与えられる。

 最後にとどめを刺す主人公のガンドゥを「間抜けな馬鹿」として描いたこと、そんな彼とその家族がそれでも一心に娘を思い、膝を屈することなく権力にも怪物にも立ち向かった物語であることがポン・ジュノがどういう意図を持って映画を制作したかに思いを馳せることができると思います。