bloody’s diary

☆血反吐を吐きつつ書くブログ☆

映画「ソロモンの偽証」見ました!!

2月は体調が悪かったのと(生まれてこの方思い込み以外で絶好調だった時って無いですけどね!!!)、また同時に韓国映画にはまったことで映画館から足が遠のいていました。

暖かくなったし、TwitterのTLでも評判いいし、ということで友人を誘って「ソロモンの偽証」を見に行きました。

solomon-movie.jp

 

バブル経済が終焉を迎えつつあった1990年12月25日のクリスマスの朝、城東第三中学校の校庭で2年A組の男子生徒・柏木卓也が屋上から転落死した遺体となって発見される。警察は自殺と断定するが、さまざまな疑惑や推測が飛び交い、やがて札付きの不良生徒として知られる大出俊次を名指しした殺人の告発状が届き、事態は混沌としていく。(映画.comより)

 

中学生たちを主人公とした群像劇です。

いじめや彼らをとりまく家庭環境の苛酷さ、進路や学校の息詰まるような生活がリアリティを持って描かれていて、思わず私の辛かった学生時代がフラッシュバックしてきて見終わった後はずっしり鉛を抱えたように身体が重かったです。


『ソロモンの偽証』予告編 - YouTube

 で、思わず原作を一気読みしてしまったのですが、原作から重要と思われるエピソードがばっさり切り落とされてるんですね。

もちろん原作は文庫で6冊分(最後には後日談と20年後を描いた書下ろしの小説が入っているにしても)なので、映画の前後編におさめるためにはまとめたり削ったりしなきゃいけない部分はもちろん出てくるので、何を切り取って映像化されたのか見比べてみれば興味深いと思います。

 

私が気になったのが主人公の母親の改変です。

原作では主人公藤野涼子の母親は警視庁勤めの夫がいて、子どもが三人いてそれでも不動産と司法書士の資格を取り、子育てが落ち着いたころに独立して事務所を構えたほどのやりてのキャリアウーマンですが、映画では専業主婦が空いた時間にちょっとした仕事を自宅で引き受けている雰囲気です。(映画での涼子の妹たちはまだ5歳にもなってないほど幼い。原作では中学2年生の涼子と年が近い)

また主人公の涼子は非常に怜悧な頭脳の持ち主で、裁判を起こすために奮闘するのも自らの道徳心と論理的な考えからで、行動を起こし始めてからは冷静で迷いはありません。

ですが映画では亡くなった少年の亡霊に悩まされ自殺未遂までする情緒不安定な人物として描かれていました。

後者は映像としてのインパクトと、裁判にいたるまでの心情の説明が簡単になるからかなと100歩譲って納得はできるのですが、母親の描写についてはもうちょっとなんとかならなかったのかと疑問でいっぱいです。

主人公がごたごたに関わらない超然とした優等生でいる理由の大半は尊敬する母親のような女性になるためで、だからこそ学校を対立せざるを得ない立場に立って葛藤するというのが前半の大きな心理的な動きなのに。

それがはっきりしないので、ただ主人公は亡くなった少年の幻影に悩まされて自己嫌悪に陥った末の決断、みたいな感じになっていました(私の読み取り方がおかしいのかもしれませんが)

 

私は原作のラストを知ってしまいましたが、小説を原作にする映画はしばしば小説とは違ったラストを描くこともあるので、そこは楽しみに後編を待ちたいと思います。