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bloody’s diary

☆血反吐を吐きつつ書くブログ☆

映画「クライング・フィスト」見たよ!!!!

チェ・ミンシクのフィルモグラフィーを見ると、「オールド・ボーイ」「春が来れば」の後の主演作です。

「春が来れば」よりだいぶ身体を絞ってるのがわかります!頑張った!!

もう一人の主人公を演じるのは監督の弟、リュ・スンボム。


クライング・フィスト - 作品 - Yahoo!映画

 

この映画の特典映像に、年配の評論家からの批評が入ってます。

曰く、この映画はボクシング映画ではない。ボクシング映画だと思ってみれば物足りなさを感じる、と。

また「韓国のクエンティン・タランティーノ」「アクションキッド」と称されていた監督に対し「彼の撮るアクションは特に優れているわけではない」とばっさり。

その上で、「彼が優れているのは韓国の厳しい競争から落ちこぼれてもがき苦しんでいる人々への同情と共感の描写だ。そこに彼の個性がある」的なことを言ってました。

私はその時点ではリュ兄弟ってそこそこのお坊ちゃんのイメージがあったので(お兄ちゃんがお育ちよさそうに見えた)、階層の違う人へそういう視線を向けられるってすごいことだなーと呑気に考えていたのですが。

 

というのも、スンボムのプロフィール見てると「ダンスやヒップホップに熱中し高校を中退」というのがあって、私のイメージではヒップホップ=アメスクに通ってるような裕福な家庭の子どもとの親和性が高いもの、なのでお坊ちゃんの放蕩なんだろうなーと。

でも色々見てるとスンボムの学歴が大卒だったり、その大学名も違ったりしてるので、気になって検索していたら

両親を交通事故で亡くして、寂しい家庭で育った(innolife.tvより)

 

 という一文が出てきてびっくり。

だから大卒の映画人が多い韓国映画界でスンワン監督は高卒なんですね。。。

両親が亡くなったのは彼が13歳の時、弟スンボムはたったの6歳!

家計を支える必要があったためスンワンの兵役は免除されたということです。

 両親がなくなって以降、兄弟と祖母で支えあって暮らしてきたそうで、この映画の主役の一人サンファンの境遇と似てる、というかはっきりと重ねられるんですね。

 

サンファンは一人っ子で、彼は親友にそそのかされて悪事を犯し、刑務所に入るのですが、親友はそれに罪悪感を感じて彼の家族に寄り添ってサンファンの父親が亡くなってからはサンファンの祖母の面倒まで見てくれる。

 

 そういう知識を仕入れてから見ると、これとんでもない萌え&燃え映画でしてね!!!

スンボムが鬼気迫る熱演を見せてくれてるのも納得というか!!!

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彼が演じているのは貧しい環境におかれ、寡黙な、というより自分の感情や状況を言葉で語ることが出来ず、言葉よりも行動、もっと言えば暴力ですべてを処理しようとする少年です。

言葉で発露できないから抑えた怒りや感情を常に身のうちにためて、何時爆発してもおかしくないような危うさがある。

彼は物語の序盤、短絡的な考えから罪を犯し少年刑務所に入ります。(実際の刑務所でロケをしたそうな)

韓国では1年6ヶ月以上の実刑を受けるとあらゆる兵役から除外されるそうですが、サンファンの刑期は5年。

面会に来た父親に「一足早い軍隊生活だと思えばいい」と慰められて「もう兵役もない」と鼻で笑います。

その刑務所でもトラブルを起こし、独房にいれられる問題児になりますが、その負けん気の強さを見込まれてボクシング部に勧誘されます。

そこで初めて熱中できるものに出会い、ボクシング部の顧問に信頼されることで少しずつ変わり始める。

 

一方チェ・ミンシクが演じるのは落ちぶれた中年ボクサーカン・テシク。

アジア大会で銀メダルの実績も今は昔、事業に失敗し借金で家もなくなり、妻は子どもを連れて出ていき、にっちもさっちもいかなくなって町中で「殴られ屋」をして日銭を稼ぐ日々。(新宿で実際に殴られ屋をしていた晴留屋明氏がモデルだとか)

彼はサンファンと比べて口数が多い(手数も多いけど)。

周りの人と不器用ながらもコミュニケーションをとってるけど、積み重ねられた鬱屈が大きいせいでどうしても八つ当たりしてしまう。

また競技生活の負の遺産として脳の機能障害が出始めてもいる。

妻はお金持ちの再婚相手を見つけ、彼に離婚を迫っていて、テシクは気にかけてくれる食堂の主人(男前!)にも当たり散らしてしまう。

 

で、この二人の主人公テシクとサンファンの生活が交わること無く交互に描かれます。

サンファンは亡くなった父親と失意で病に伏した祖母のため、テシクは再起をかけて新人王戦に挑む。

 

私はてっきり二人が出会い、テシクがサンファンのセコンドについて二人で新人王戦を目指す物語だと思っていたので、テシクが自分が出場するために本気でトレーニング始めた時には驚いてしまいました。

 

二人共希望に溢れてポジティブな気持でリングに上がるわけじゃない。

自分にはボクシングしか無い、選択肢が他にない、もう後がない、という追い詰められた苦境にいる。

そういう社会のひずみに落ちてしまったことに深い絶望と怒りを抱えながら、リングの上で戦うんですよね。

試合が終わり、勝敗がついても何かが変わるのか、それはわからない。

わからないけど、その瞬間の感情を映画は切り取ります。

 

映画は二人の主人公が会話を交わす場面はほとんどありません。

ラストもテシクはリングの上で疲れて動けず、やってきて泣きじゃくる息子を抱きしめ、サンファンは勝利者インタビューも無視してリングを下りて観客席にいた祖母を抱きしめて終わり。

二人の人生はこれで上手くいくようになるのかどうかさえ分からない。

これは一瞬の歓喜や感動で、明日からまた怒りと鬱屈にまみれた日々が始まるのかもしれない。

でもこの瞬間は確かにあって、周りの人に何らかの感情を引き起こすことができたんだなと。

そういう刹那的な情熱が痛いほど伝わってくる映画でした。

 

映画「アラハン」を見たよ!!!! - bloody’s diary

 

晴留屋明