bloody’s diary

☆血反吐を吐きつつ書くブログ☆

自分のことについて自分は意外と把握してない

6月にASD+ADHDであるという診断を受けてから、関連の図書を何冊か読んでいます。

どの本も多かれ少なかれ「あるある」と頷くのですが、その中でもこの特性について分かりやすかった本があります。

 

アスペルガーの人はなぜ生きづらいのか? 大人の発達障害を考える (こころライブラリー)

アスペルガーの人はなぜ生きづらいのか? 大人の発達障害を考える (こころライブラリー)

 

 この本ではアスペルガーを「情報処理過剰選択仮説」で説明されています。

その中でアスペルガー者に共通の「中核的特性」は三つにまとめられているとしています。

  • シングルフォーカス特性・・・注意、興味、関心を向けられる対象が、一度に一つと限られていること。
  • シングルレイヤー思考特性・・・同時的・重曹的な思考が苦手、あるいはできないこと。
  • ハイコントラスト知覚特性・・・「白か黒か」のような極端な感じ方や考え方をすること。

 その周辺的な主要特性が5つ・

  • 記憶と学習に関する特性群
  • 注意欠陥・多動特性群
  • 自己モニター障害特性群
  • 運動制御関連特性群
  • 情動制御関連特性群

 それぞれ詳しい説明は省きますが、上の三つは抽象的すぎてわからなくても、この5つは私全て当てはまるんですよね。

特に今回感じたのが自己モニター障害特性でしてね!!

 

自己モニターとは読んで字のごとく、自分で自分の状態を監視することで、例えばお腹空いたとか疲れたとか腹が立つなど自分の身体的・感情的な感覚を自分で把握できるかどうかの能力なのですが、これ社会に出てしばらくするまでは本当に圧倒的に私には欠けていました。

ていうか今でも欠けてるんですよね。

 

そもそも自閉症スペクトラムの「三つ組」の障害

社会性の障害

コミュニケーションの障害

想像力の障害

 についても、自分にその障害があるのかどうか、根本的なところではいまだにピンときてません。

この間まで一応普通に働いてたくらいの社会性はあるし、コミュニケーションも普通にとれてたし、想像力は豊か過ぎるくらいだし、と思ってます。

 

しかし、この自覚自体が自己を監視するモニターのポンコツっぷりの結果なんですよね。

このポンコツっぷりは他の感覚にも及んでいます。

身体の内部の痛みや変化には鈍感で10代の頃は私ほど健康な人間はいないと思い込んでいました。(実際は割と頻繁に下痢と便秘を繰り返し、二ヶ月に一度ほどはおそらくストレスからくる歩けないほどの腹痛に襲われていた)

 

これは上述した三つの大きな特性のうちのシングルフォーカス機能によって、何か自分のこと以外の別の対象に注意を向けていると自己のことをまったく省みなくなるためらしいのですけど、確かに10代くらいまで私にとって何より大事なのは宇宙や真理や精神のことで、肉体なんて一段も二段も下だからどうでもいい、とまるでギリシャ哲学者みたいな気持ちでいました。

我慢できる痛みなら無いことと同じ、使える右腕があるなら左腕なんかなくてもいい。

という今考えてたら異常な極端な思考をしていました。

 

だから自分の身体に不調がでても、「ある」か「ない」かなら、「ない」に分類して(四捨五入するイメージ)「自分は健康」と切り上げ思考していた、のだと思います。

 加えて「私は普通」という思い込みも強かったので、私が経験している不調くらいみんな抱えていて、うまく処理してるはず、とも思っていました。

だからいまだに体調悪くして病院行くときも、どこからどこまで医者に伝えればいいのか分からなくて混乱する時があります。

自分を偽って外面よくして生きてきたので、「全然たいしたことないんですけど!」と過小申告したり。

こういう時「普通」の人たちはどうしてるんでしょうね。

模索中です。